5-3 分野間連携による学際的 ・ 国際的研究拠点形成事業 (自然科学研究機構)
5-3-1 概要
自然科学研究機構では,新分野創成型連携プロジェクトとして「分野間連携による学際的・国際的研究拠点形成事業」 を行っている。これは,機構内で2月に公募され,審査によって採択課題が決められ,年度末に評価を行っている。
分子科学研究所からは,研究所が主体的にまとめている「巨大計算新手法の開発と分子・物質シミュレーション中 核拠点の形成」,5機関共同で進めている「イメージング・サイエンス」および「自然科学における階層と全体」プ ロジェクトに多くのメンバーが参加している。またこの他に,少人数のグループ研究が走っている。「自然科学にお ける階層と全体」では,第5回シンポジウムを T K P 熱海研修センターで開催した。実験(観測)と理論(シミュレー ション)の双方から「ミクロとマクロを繋ぐ階層連結のシミュレーション科学」を中心として,生物から宇宙に至る スケールの大きな自然の中で普遍的な法則と共通した現象の探索を紹介する発表がなされた。
5-3-2 巨大計算新手法の開発と分子・物質シミュレーション中核拠点の形成
本プロジェクトでは,方法論の開発から大規模計算にいたる計算科学研究の中核拠点を目指し,機構内各研究機関 ならびに他機関のメンバーにより,分子科学,核融合科学,生命科学,天文学における理論・計算科学分野の方法論 の共有・融合として連携推進課題を推進してきた。さらに,連携推進課題の基盤研究として,各分野におけるナノレ ベルの物質構造・機能,磁気リコネクション,銀河衝突等の理論・計算科学研究の方法論の開発・応用研究に関する 連携課題を推進した。また,連携研究会,中核拠点セミナー,関連学会等の共催を進めるとともに,理論・計算科学 研究分野の人材育成を目的に,大学院生・若手研究者を対象とした講習会も開催した。
(1) 連携研究
連携推進課題(3課題)(*責任者)
・巨大計算に向けた粒子シミュレーション手法の開発(名大・岡崎
*
,分子研・平田,永瀬,斉藤,核融合研・堀 内,天文台・富阪,東大・北尾,産総研・森下)
・分子多量体形成と生理機能(基生研・望月
*
,生理研・永山,分子研・平田,名大・岡崎,東大・北尾)
・物質・電磁場相互作用系のシミュレーション(分子研・信定
*
,米満,斉藤,江原,柳井,奥村,核融合研・洲 鎌,東北大・森田)
連携課題(16課題)
・分子の励起状態と化学反応に関する理論的研究(分子研・江原)
・新しい分子動力学シミュレーション手法の開発(分子研・奥村)
・分子動力学計算に基づく凝縮系ダイナミックス(分子研・斉藤)
・ナノ分子の量子化学計算(分子研・永瀬)
・電磁場と露に相互作用した多電子ダイナミックスの解析(分子研・信定)
・3次元 R IS M による分子認識(分子研・平田)
・量子化学の先進的分子モデリング手法開発と多参照電子状態の解明(分子研・柳井)
・量子古典結合多粒子系の非平衡集団運動制御の理論(分子研・米満)
・プラズマ大規模シミュレーションのための効率的並列計算手法開発(核融合研・堀内,洲鎌)
・概日リズム振動の生体分子反応シミュレーション(基生研・望月)
・ミトコンドリアの energetics.simulation(生理研・永山)
・輻射輸送計算を用いた星間化学進化の研究(天文台・富阪)
・界面和周波発生分光の理論計算手法の開発(東北大・森田)
・第一原理分子動力学計算による液体及びアモルファスのポリモルフィズム(産総研・森下)
・生体超分子の立体構造変化と機能(東大・北尾)
・両親媒性分子水溶液の大規模分子動力学計算(名大・岡崎) (2) ワークショップ
・第6回連携シンポジウム. 2 月 15 日
・分子・物質シミュレーション中核拠点セミナー. 第 35 回〜第 40 回
・討論会,学会の共催
理論化学討論会,分子シミュレーション討論会 (3) 人材育成
・第5回分子・物質シミュレーション中核拠点形成事業人材育成講座
「第3回分子シミュレーションスクール—基礎から応用まで—」. 12 月 15 日 –18 日 (4) 実施体制
・機構内12グループ. 理論・計算分子科学研究領域,天文台,核融合研,生理研,基生研
・機構外4グループ. 東北大,産総研,東大,名大
5-3-3 イメージング・サイエンス
(1) 経緯と現状
研究所の法人化に伴い5研究所を擁する自然科学研究機構が発足し,5研究所をまたぐ新研究領域創成の一つのプ ロジェクトとして「イメージング・サイエンス」が取り上げられることとなった。以下に,その経緯と現状について 述べる。
平成16年度に機構が発足した後,研究連携室で議論がなされ,機構内連携の一つのテーマとして「イメージング・ サイエンス」を立ち上げることが決定された。連携室員の中から数名の他に,各研究所からイメージングに関連する 研究を行っている教授・准教授1〜2名が招集され,「イメージング・サイエンス」小委員会として,公開シンポジ ウムその他プロジェクトの推進を担当することとなった。
平成17年8月の公開シンポジウム(後述)の後,小委員会において,本プロジェクトの具体的な推進について議 論を行った。この機会に,各研究所が持つ独自のバックグラウンドを元に,それらを結集して,広い分野にわたる波 及効果をもたらすような,新しいイメージング計測・解析法の萌芽を見いだすことが理想,という議論がなされた。 それに向けた方策として,機構内の複数の研究所にまたがる,イメージングに関連する具体的な連携研究テーマをい くつか立てる案を連携室に提案したが,予算の問題等もあってこれは実現しなかった。
現状では,機構の特別教育研究経費「分野間連携による学際的・国際的研究拠点形成」の新分野創成型連携プロジェ クトの項目として,イメージングに関連した研究所をまたがる提案が数件採択されている(「イメージング・サイエン ス—超高圧位相差電子顕微鏡をベースとした光顕・電顕相関3次元イメージング—」など)。これが上述の提案に 代わるものとして,「イメージング・サイエンス」に係る具体的な機構内連携研究を推進している。平成20年度には, 岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理研)の永山教授を中心に再編された小委員会が招集され,国立天文台に設
置された一般市民向け立体視動画シアター「4D 2U」(4-dimensional.to.you)を利用した,広報コンテンツ作成に関する 検討が開始された。5研究機関がもつイメージングデータを元に,機構の研究成果を一般市民向けに解説する立体動 画集の制作を目論んでいる。同時に,イメージングを中心とした機構内連携の新たな展開について議論を行っている。 平成21年度に機構本部の下に,5機関が連携して自然科学の新しい分野や問題を発掘することを目指して,新分野 創成センターが設置され,その中にブレインサイエンス研究分野及びイメージングサイエンス研究分野がおかれた。 イメージングサイエンス研究分野は5研究機関から1名ずつの併任教授が就任した。また外部からの任期付き客員教 授1名及び実動部隊としての博士研究員若干名を公募し,上述のようなイメージングコンテンツの新たな表示法の開 発を推進することとなった。現在までに客員教授及び博士研究員1名の選考が終わり,実際の活動を開始している。 (2) 実施された行事
このプロジェクトの具体的な最初の行事として,各研究所のイメージングに関わる興味の対象と研究ポテンシャル を,5研究所が互いに知ることを目的として,「イメージング・サイエンス」に関する公開シンポジウムを開催する こととなった。
平成17年8月8日−9日に,「連携研究プロジェクト Imaging.S cience 第1回シンポジウム」として,公開シンポジ ウムが岡崎コンファレンスセンターで開催された。このシンポジウムでは,天文学,核融合科学,基礎生物学,生理学, 分子科学におけるイメージング関連研究に関する,機構内外の講師による16件の講演,及び今後の分野間連携研究 に関する全体討論が行われた。参加者は機構外36名,機構内148名,大学院生80名,合計264名を数えた。また, 講演と全体討論の内容は,175 ページのプロシーディングス(日本語)としてまとめられ,同年12月に発行された。 この機会によって機構内のイメージング・サイエンス関連研究に関する研究所間の相互理解が進み,その後の機構内 連携研究の推進に相当に寄与したと考えられる。
平成18年3月21日には,立花隆氏のコーディネート,自然科学研究機構主催で「自然科学の挑戦シンポジウム」 が東京・大手町で開催された。これは,一般の観客を対象に,機構の研究アクティビティーをアピールすることを目 的として,立花氏が企画して実現したもので,当日は約600名収容の会場がほぼ満席となる一般参加者があった。こ のシンポジウムの中で,「21世紀はイメージング・サイエンスの時代」と称して,イメージングを主題とするパネル ディスカッションが組まれた。ここにはパネラーとして「イメージング・サイエンス」小委員会委員を中心とする講 師によって,5研究所全てから,各研究所で行われているイメージング関連の研究の例が紹介され,最後に講師が集 まりパネルディスカッションが開かれた。このシンポジウムの記録の出版は諸々の事情で遅れていたが,平成20年 度にクバプロから出版された。
平成18年12月5日−8日には,第16回国際土岐コンファレンス(核融合科学を中心とする国際研究集会)が核 融合研究所主催で土岐市において開催された。この会議ではサブテーマが“ A dvanced. Imaging. and. Plasma. D iagnostics” とされ,プラズマ科学に限らず,天文学,生物学,原子・分子科学を含む広い分野におけるイメージング一般に関す るシンポジウムとポスターセッションが企画された。分子科学研究所からも,数名が参加し,講演及びポスター発表 を行った。また平成19年8月23日−24日には,「画像計測研究会2007」が核融合科学研究所一般共同研究の一環 として,核融合科学研究所において開催された。平成20年11月10日−13日には,第39回生理研国際シンポジウ ムとして,“ F rontiers.of.B iological.Imaging—S ynergy.of.the.A dvanced.T echniques” が開催され,機構内のイメージングに 関わる研究者も数名(分子研1名)が講演を行った。平成22年3月21日には,再び立花隆氏のコーディネートによ る自然科学研究機構シンポジウム(東京で開催予定)において,イメージングサイエンスを取り上げる予定となり, その準備が進んでいる。
5-3-4 自然科学における階層と全体
平成21度シンポジウムが静岡県熱海市の T K P 熱海研修センターにおいて12月24・25日の2日間にわたり開催 された。本シンポジウムは,新しい学問分野の創成を目指して「階層と全体」をキーワードに,それぞれ異なる専門 分野に属する研究者が相互交流する場を提供するものであり,今回で通算5回目を迎えた。今回のシンポジウムは, 第1部(複雑系の理論モデル),第2部(生命体の階層構造・集団運動),第3部(地球・宇宙における階層性と構造 形成)および第4部(分子・生命現象のモデル・シミュレーション)から構成され,自然科学研究機構の5つの研究 機関の担当者から推薦された機構内外の14名の研究者による講演が行われ,活発な討論がなされた。
第1部(複雑系の理論モデル)では,松下貢教授(中央大学),阿部純義教授(三重大学)および洲鎌英雄教授(核 融合科学研究所)が,講演を行った。松下教授は「複雑系の統計性—自然科学から社会科学まで」という講演の中で, 老人病の介護期間,都道府県や市町村人口,年齢別の身長や体重等,様々な例を挙げ,複雑系の統計性として対数正 規 分 布 が 最 も 自 然 な 分 布 関 数 で あ る こ と を 示 し た。 阿 部 教 授 の 講 演「U ni v ersal. and. nonuni v ersal. di stant. reg i onal. correlations.in.seismicity.in.J apan:.R andom-matrix-theory.approach」では,地震活動における事象の相互相関の解析にラン ダム行列理論を用いることによって,遠距離にありながら事象が互いに非自明に相関している地域のネットワークを 構成できることが示された。須鎌教授は「プラズマの巨視的モデルと微視的モデル」という講演の中で,多岐にわたっ て混在するプラズマ現象を記述するため,興味のある物理過程やその特徴的な空間・時間スケールに応じて磁気流体 モデルやジャイロ運動論的モデル等の異なる理論モデルが第一原理から導き出され,理論解析・シミュレーションに 用いられてきたことを,核融合プラズマについて紹介した。
第2部(生命体の階層構造・集団運動)では,宮川剛教授(藤田保健衛生大学),川口泰雄教授(生理学研究所), 西森拓教授(広島大学)および西成活裕教授(東京大学)が,講演を行った。宮川教授は「精神疾患の中間表現型と しての未成熟歯状回:多因子疾患における階層と全体」という講演で,多くの系統の遺伝子改変マウスについて遺伝子・ 脳・行動の関係を調べることにより,歯状回が未成熟なマウスの海馬が統合失調症患者の死後脳の海馬と遺伝子・タ ンパク発現のパターンの点で似ていることを示し,「未成熟歯状回」という階層を縦断して生じる現象を例にとり, 多因子疾患の一つである精神疾患がどのように生ずるのかについての可能性について論じた。川口教授の講演「大脳 皮質の階層構造」では,哺乳類がもつ発達した大脳新皮質における単一ニューロンの構造分化,多様な構成ニューロン, それらが作る局所回路,領域間結合といった各階層構造をつなぐ原理の解明に向けた研究についての最新の動向が解 説された。「群れの振る舞いと機能—アリの集団運動を中心として」と題する講演で,.西森教授は,数理模型を用い たアリの集団行動の研究について紹介し,実験・観察事実との比較により,アリの集団採餌におけるトレイル形成の 問題や集団内での役割分担の問題を考察した。.西成教授は,「急がば回れ—渋滞のなくなる日—」という講演で, 高速道路,通勤電車,工場の在庫等,様々なところで見られる渋滞現象を考える科学「渋滞学」について延べ,多彩 な映像を交えながら,最新の数理科学を用いた渋滞の解消方法について紹介した。
第3部(地球・宇宙における階層性と構造形成)では,嶺重慎教授(京都大学)と陰山聡教授(神戸大学)が,講 演を行った。嶺重教授は,「天体現象における self-organized. criticality(S OC )」と題する講演で,ブラックホールに落 ち込むガスの流れに自己組織化臨界(S elf-organized.criticality)モデルを適用することにより,1/f的な放射光度変動パ
ワースペクトルや光度曲線に見られるフレア(なだれ)のべき分布など,観測の諸特徴を再現できることを示し,宇 宙物理研究で随所に現れるフラクタル,1/f的なゆらぎや対数正規分布について解説した。「地球ダイナモにおける速
度場・磁場・電流場構造の形成」という講演で,陰山教授は,地球磁場の起源解明を目的としたスーパーコンピュー タを用いた大規模な地球ダイナモシミュレーションについて詳しく述べ,シミュレーションによる双極子磁場の生成
とその逆転現象の再現や,最近新たに発見されたシート状の流れ場構造,コイル状の電流構造や大規模な螺旋型の磁 場構造の生成等のシミュレーション結果を報告した。
第4部(分子・生命現象のモデル・シミュレーション)では,中井浩巳教授(早稲田大学),高田彰二准教授(京 都大学),柳田敏雄教授(大阪大学),黒田真也教授(東京大学)および佐藤昌直助教(基礎生物学研究所)の講演が 行われた。中井教授の講演「非経験的シミュレーションの高速化手法の開発」では,まず,量子化学計算の大規模化・ 高精度化に対する取り組みとして,分割統治型線形スケーリング法が紹介され,次に,量子化学計算と分子シミュレー ションを組み合わせた非経験的シミュレーションについて説明があり,計算コストの問題に対する自己無撞着場計算 の高速化法等が紹介された。「生体分子システムのマルチスケールモデリング」という講演で,高田准教授は,原子 レベルから細胞レベルまで,階層的にデザインされている生体分子システムの一つの代表例である生体分子モーター の作動原理について,3つの階層の理論・シミュレーション研究の方法(化学反応を扱う電子状態理論計算,原子の ゆらぎや運動を観察するための原子レベルの分子動力学シミュレーション,そして大規模な運動を再現するための粗 視化シミュレーション)を解説した。柳田教授は,「ゆらぎと生命機能:超複雑システムをゆらぎで省エネ制御する 生物」と題する講演で,筋肉の分子モーターや人間の脳等の例を挙げながら,生体がゆらぎを運動と制御に使って省 エネしていることを解説し,ゆらぎ利用の仕組みを使えうことにより複雑なロボットや情報網のコントロールを従来 の方法の 1000 分の 1 のエネルギーで行えることを示した。黒田教授の講演「生命分子ネットワークの情報コード」 では,生命科学における多数の分子とその相互作用のネットワークの具体的な例として細胞の増殖や分化を制御する E R K 経路や A kt 経路の特性とその原理について実験とシンプルなモデルを用いた解析が紹介され,それぞれの経路が 刺激の時間パターンの中にある情報を読み解き,下流に異なる信号パターンを伝達できる点に焦点を当てた,生命現 象の情報とそのコーディングが解説された。「植物免疫シグナル伝達のネットワークモデリング」と題して,佐藤助 教は,シロイヌナズナを用いた植物免疫シグナル伝達のネットワークの研究について講演を行い,遺伝子間のシグナ ル伝達をモデル化するネットワークグラフを作成して得られた植物の生存メカニズムに関する新たな知見を紹介し た。
最後の全体討論では,シンポジウムの総括として本プロジェクトのようにユニークな分野間交流の重要性が再認識 され,また「階層と全体」を観点とした機構連携に関する次年度以降の見通しについて,討論が行われた。